ブックタイトルふるさと会報第62号
- ページ
- 24/68
このページは ふるさと会報第62号 の電子ブックに掲載されている24ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは ふるさと会報第62号 の電子ブックに掲載されている24ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
ふるさと会報第62号
「箱庭の発祥、箱庭の発展」人間学部人間関係学科臨床心理専攻講師高嶋雄介私の専門は臨床心理学です。臨床心理学とは、カウンセリングを行うにあたって、どのように人の語りを聴くのか、人の心の中でどのようなことが起こっているのかを考える学問です。話すことや聞くことは誰もが日常的に行っていることです。しかし、よく考えると、これはとても難しいことです。例えば、ある人が「私はAです」と語ったとします。聞き手は当然「この人はAだ」と思うわけですが、語り手は実は「Aでもあるし、Bであるし、ひょっとするとCかもしれない」のです。人には様々な側面があります。時には自分さえ気が付いていない側面もあります。社会生活を営む上では、一貫性や合理性が必要になるため、「私はAです」と言えば、BやCといった側面はある程度切り捨てざるをえません。カウンセリングは、この「私はAです」という語りの背後にある、切り捨てられた「私はBでもあり、Cかもしれない」という語りを聴く場になります。カウンセリングの方法の一つに「箱庭療法」というものがあります。面接室の壁一面に並ぶミニチュアの中から気に入ったものを選び、砂箱の中に置き、自身の世界を表現していく方法です。時には砂を掘ったり、水を入れたりもし、カウンセラーに見守られる中で自由にわき上がってくるイメージを表現します。箱庭ではAの世界、Bの世界、Cの世界を同時に表現することが可能です。矛盾する世界であっても共存する形で表現することが可能です。作った作品に無理に意味を見出す必要もありません。社会生活では、意味がないものは「無意味」とみなされますが、箱庭においては、“意味がある―ない”といった次元ではなく、作品をそのままに受けとめ、味わいます。こうした日常とは異なる体験が積み重ねられることによって、不思議なことに次第に心は変容していくのです。箱庭療法は1965年に、天理大学におられた河合隼雄先生が日本に導入されました。現在も臨床心理専攻では、この伝統を受け継ぎ、学生は箱庭を通して体験的にカウンセリングとは何かを学んでいます。実際のカウンセリングにおいても箱庭が使用されています。今後も、この伝統を育みながら、箱庭療法の奥深さやその可能性をさらに探求していきたいと思います。「歌聖柿本人麻呂」文学部国文学国語学科教授川島二郎歌聖と称される柿本人麻呂の本貫は、山辺の道が通る天理大学の近辺であると考えられます。本貫の候補地としては、他に柿本神社や柿本山影現寺がある新庄町柿本、あるいは、その地に関する人麻呂作品が残る近江国、石見国等が挙げられることがあります。けれども、天理大学の北には、柿本氏と同族である和爾氏ゆかりの和爾下神社があり、そこにはかつて柿本寺や人麻呂墓があり、その跡地には現在「歌塚」が立っています。さらには、山辺の道を南に下ると、人麻呂ゆかりの「巻向山」があります。その「巻向(山)」は、萬葉集では十二首に詠まれていますが、一首を除いて人麻呂の作であり、平安時代以降は、人麻呂の作が形を変えて伝えられても、その地が積極的に詠まれることはありませんでした。すなわち、「巻向(山)」は人麻呂に密接な地であると考えることができます。たとえば、次のような人麻呂の作品があります。子らが手を巻向山は常にあれど過ぎにし人に行き巻かめやも(巻七、一二六八)とよみなわあしひきの山辺響みて行く水の水泡のごとし世の人我は(同、一二六九)第一首では、この世をはかなく過ぎ去った妻に再び逢えないことが、巻向山の不変を持ち出しつつ嘆かれており、それを承ける第二首では、この世の人のはかなさを激しく音を立てて流れ下る川の水泡に譬え、世の人の無常が嘆かれています。その際、第一首の枕詞「子らが手を」(いとしい妻の手を)は、「巻向山」の「巻く」を妻の手枕を巻く(共寝をする)意に見做した上で冠せられています。この枕詞は、人麻呂の創作にかかるもので、妻に再び逢えないことを嘆く下二句に呼応しており、さらに、その嘆きは、第二首の無常観をたしかに裏打ちしています。人麻呂は、山辺の道において、創作とは本来馴染まない社会的あるいは慣習的な存在である枕詞の創作という革新的な試みを行い、また、後の意匠を凝らした荘重な長歌作品を導く見事な照応を見せる連作を詠み、歌聖への道を歩みはじめるのです。22ふるさと会報第62号